横浜地方裁判所 昭和50年(行ウ)22号 判決 1977年12月19日
原告
宮下孝介
右訴訟代理人
坂田治吉
被告
伊藤三郎
被告
川崎市
右代表者市長
伊藤三郎
右被告ら訴訟代理人
堀家嘉郎
外一名
主文
一 原告の被告伊藤三郎に対する第一次的請求を却下する。
二 被告伊藤三郎は被告川崎市に対し、金七七六万九四〇〇円と、内金六六八万九七二〇円に対しては昭和四九年一二月二一日から、残金一〇七万九六八〇円に対しては昭和五〇年二月二七日から、各支払済みに至るまで年五分の割合による金員とを支払え。
三 被告川崎市は原告に対し、金七八万円とこれに対する昭和五二年一二月二〇日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員とを支払え。
四 原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。
五 訴訟費用は被告伊藤三郎の負担とする。
事実《省略》
理由
一原告が川崎市の住民であり、被告伊藤が同市の市長であること、同市の港湾管理部長の職にあつた小島が、昭和四九年一一月二六日「同人は昭和四八年八月頃時価八万円相当のフランス製ガスライター一個および同年一二月頃二〇万円相当のデパートのギフト券を収賄した」との容疑で川崎警察署に逮捕されたこと、同人が右被疑事実について昭和四九年一二月一七日起訴されたこと、同人が、同月二八日別件の収賄で追起訴されたこと、同人が更に昭和五〇年一月三〇日「同人は、毎月二〇万円宛、一五回にわたり合計三〇〇万円の金員を収賄した」との容疑により追起訴されたこと、同人が、同年七月一五日右各公訴事実につきいずれも有罪と認定され、懲役二年、執行猶予四年の判決の言渡しを受けたこと、右判決はその頃確定したこと、被告伊藤が、右小島の逮捕後四日目である昭和四九年一一月三〇日、小島は「その職に必要な適格性を欠く」として、地公法二八条一項三号を適用して同人を本件分限免職処分に付したこと、小島が本件退職手当条例第三条に基づき本件退職手当の支給を受けたこと、原告が、昭和五〇年九月三〇日川崎市監査委員に対し、本件退職手当の支給は違法な公金の支出であるとして、地自法二四二条に基づき監査請求をしたこと、同監査委員が、昭和五〇年一一月二六日付をもつて原告に対し、右請求は理由がない旨の監査の結果を通知したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。
二1 ところで、原告の主張は、要するに「本件分限免職処分は無効であり、仮にそうでないとしても違法たるを免れないから、右処分を前提とする本件退職手当の支給は、地自法二四二条一項所定の『違法な公金の支出』に該る」というのであるが、これに対し、被告らは、「同法二四二条の二所定の住民訴訟は、地方公共団体の財政上の腐敗を防止是正することを目的として設けられたものであるから、原告は本訴において、本件分限免職処分の効力を争うことはできず、本訴における審理・判断の対象は、右処分を前提として、本件退職手当の支給が違法な公金支出に該るか否か、という点にのみ限定されるべきである。」旨主張し、また、「行政処分は公定力を有し、仮に瑕疵があつても、法定の手続により取消され、または無効確認がなされない以上は、これを有効な処分として取扱うべきであるから、本訴の争点は、本件分限免職処分を前提としたうえで、本件退職手当の支給が違法であるか否かに限られるべきである」旨主張するので、これらの点につき順次考察する。
2(一) 地自法二四二条の二所定の住民訴訟は、地方公共団体の機関または職員の違法行為により地方公共団体の蒙る損害を防止し、あるいはこれを補填せしめるため、特に法律により住民に訴権を付与し、また右訴訟を通じて、地方公共団体の財政上の腐敗の防止、是正を図り、財務会計上の公正を期するものであつて、右訴訟の対象となる地方公共団体の機関または職員の行為ならびに請求の種類は、同法二四二条一項、二四二条の二第一項の定めるところに限られるものである。
(二)(1) ところで、或る地方公務員に対する分限免職処分の法的効果は、当該地方公務員の地方公務員たる身分の剥奪であつて、その者に対する退職手当の支給に関する法律関係は、これとは別個の法規により規律されるものである。従つて、本件分限免職処分それ自体は、財務会計上の行為に該らないものであること、いうまでもない。
しかし、<証拠>によれば、川崎市においては、その職員の退職手当については、本件退職手当条例ならびに同条例施行規則に定めるところであつて、右条例一条一項は、退職手当の受給権の発生要件につき、
「本市職員で退職または死亡したときは、この条例によつて退職手当を支給する。ただし、次の各号の一に該当する者には支給しない。
(1) 常時勤務に服さない者
(2) 給料を受けない者
(3) 懲戒によつて退職を命ぜられた者
(4) 禁錮以上の刑の確定した者」
と規定し、また退職手当の額は同条例三条以下に規定するところである(なお、本件退職手当は、右条例一条二項にいう「普通退職手当」であることは明らかであるところ、以下単に「退職手当」というは、右普通退職手当をいう。)。右によれば、川崎市の職員の退職という事由が発生すれば、同市は、右所定の欠格事由のない限り、他に何らの債務負担行為を要することなく、当然に、当該職員に対し、右所定の基準に従つた額の退職手当を支給する義務を負担するに至るものであることが認められる。これを本件に則していえば、本件分限免職処分により、小島の川崎市職員たる身分が剥奪され、同人の退職という事由が発生し、これにより(小島には、右所定の欠格事由がなかつたから)川崎市は、当然に、同人に対し、右所定の基準に従つた額の本件退職手当の支給義務を負担するに至り、これが、前示のとおり同人に対し支給されたわけである。反面、本件分限免職処分がなされなければ、川崎市が小島に対し本件退職手当支給義務を負担し、これを同人に支給することもなかつた、ということができるのである。
右のような事情からすれば、本件分限免職処分と本件退職手当の支給とは密接不可分の関係にあり、仮に本件分限免職処分が無効または違法であれば、本件退職手当の支給もまた違法性を帯びるに至るものというべきである。すなわち、本件分限免職処分の適否は、実体的に、本件退職手当支給の適否の判断の前提問題をなしているのである。
(2) そうとすれば、原告の「本件分限免職処分は無効或いは違法である」旨の主張が、右処分それ自体を訴えの対象としてその効力を争うためにではなく、右処分を前提とする本件退職手当の支給を訴えの対象とし、これが地自法二四二条一項所定の「違法な公金の支出」に該るというがために主張されているものである(この点は原告の主張自体から明らかである。)以上、本件分限免職処分の公定力に抵触するものでない限り(この点は次に考察するところである。)、裁判所が、右処分の適否について審理すべきであることはいうまでもなく、このように解したからといつて、何ら前示住民訴訟の制度の趣旨・目的に反するものではないのである。
(三)(1) 次に、一般に、行政処分にはいわゆる公定力が認められ、たとえ行政処分に瑕疵があつても、その瑕疵が無効事由に該らない限り、権限ある機関によつて適法に取消されるまでは、裁判所もこれに拘束されるものとされる。しかし、これは行政処分の公益目的を一応実現せしめ、これを保護すべき必要があるところから当該行政処分の法的効果に一定の範囲の通用力を付与し、取消訴訟によることなく、右効果を覆滅し或いはこれを実質的に否定するような効果を生ぜしめるような裁判を許さないこととするものであるから、右公定力が及ぶ範囲は、個々の行政処分の目的、内容に応じて、当該行政処分が持ち得べき法的効果の具体的内容によつて限定されるところである。
(2) これを本件についてみると、本件分限免職処分の本来の法的効果は、小島の川崎市職員たる身分の剥奪であるところ、本訴は、前示のように、直接に右処分の効力そのものを争うものではなく、本件退職手当の支給にかかる住民訴訟上の損害賠償の代位請求であつて、その請求の前提として、本件分限免職処分の違法が主張されているのに過ぎないのであるから、これについて裁判所がどのように判断をしたとしても、そのことにより何ら、小島の川崎市職員たる身分の剥奪という本件分限免職処分本来の効果が覆滅せしめられるものではなく、また、これを実質的に考察しても、本訴請求は財産上の請求であつて、小島の市職員たる身分の剥奪という非財産的な効果を本質とする本件分限免職処分の公益目的を、実質的に否定するような結果を生ぜしめることはあり得ないことも明らかである。
(3) これを要するに、本件分限免職処分に認められる公定力の範囲は、本訴において、裁判所が本件退職手当の支給の適否につき判断する前提として、本件分限免職処分の適否を審理することを封じ、或いはその判断を拘束する、というところにまで及ぶものではないのである。
よつて、右の点に関する被告らの主張はいずれも採用しない。
三そこで、次に本件の事実経過について考察する。
<証拠>を総合すれば、次の事実が認められ、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。
(一) 小島は、昭和四八年一月一日から昭和四九年一月三日まで、川崎市港湾局の出先機関である川崎港港務所長、同月四日から同年三月三一日まで同局次長、同年四月一日から同年一一月三〇日まで同局管理部長として、同市の管理する川崎港の繋留施設、荷捌き場、野積地等の港湾施設の管理運用および同施設の使用許可事務等の職務を掌理していた。
(二) 同人は、昭和四九年一一月二六日深夜、川崎警察署により、おおむね「同人が川崎市港湾局川崎港港務所長の職に従事していた間の昭和四八年九月頃右港務所長室において、三聖興業株式会社(以下「三聖興業」という。)の代表取締役洪漢宗(以下「洪」という。)から、同港湾荷捌き場の使用の便宜を図つた謝礼として、フランス製ガスライター一個(八万円相当)を、同年一二月頃デパートのギフト券(二〇万円相当)を、それぞれ収賄した。」との容疑で逮捕された(但し、右小島が逮捕されたことおよびその被疑事実の大略については当事者間に争いがない。)。川崎市当局は、翌二七日朝の同警察による同市港湾局ならびに港務所の捜索により、小島が逮捕されたことを知り、職員を同警察に調査に赴かせたが、格別の情報の収集はできなかつた。同警察は、同日正午の記者会見の席上で、右小島の逮捕ならびに容疑事実を公式発表し、右事実は同日の新聞各紙の夕刊において一般に報道された。川崎市当局は、同日午後再び職員を同警察に赴かせ情報の収集に当らせたが、同警察からは、右記者会見において公表された事実以上の事実や、捜査の今後の進展についての見込み等について何らの言及も得られなかつた。
(三) 翌二八日、小島は右被疑事実について勾留され、併わせて接見禁止の決定を受けた。
同日付の読売新聞には、小島が右逮捕容疑についてほぼ全面的に自供した旨、また、川崎警察署では、小島は、洪に荷捌き場使用許可の便宜を図つただけでなく、他の業者についても同様の不正を働いていた疑いがあるとみて、同人を更に追及する方針である旨、また川崎港の右荷捌き場は、貨物の量が増大したため手狭となり、滞貨が増え、このため右荷捌き場は事実上一部の既存業者の独占使用するところとなり、この数年来三聖興業以外の新規業者は、全く使用が許可されておらず、右荷捌き場の使用許可に対する港務所の態度がとかく業者間の噂にのぼり、港務所と一部業者との癒着が取沙汰されていた旨、の報道がなされている。
(四) たまたま右当時、川崎市市議会が会期中であつたところから、右事件が市議会においても取り上げられ、被告伊藤の市長としての監督責任等が問題とされるところとなつた。
市当局は、小島の処分について協議、検討した結果、同月二九日の午後被告伊藤のほか担当助役、職員局長、同局次長、同局人事課長が出席した会議の席上において、小島について、同人の日頃のまじめな勤務ぶりからみて前記逮捕事実以外には余罪がないものと判断し、右逮捕事実を処分の基礎として、これは、地公法二八条一項三号所定の「その職に必要な適格性を欠く場合」に該当するものとして、同人を分限免職処分に付する旨の内部的な方針が決定された。また併わせて、被告伊藤を減給一カ月、担当助役を減給一カ月、港湾局長を減給二カ月の各懲戒処分とする旨の方針も決定された。なお、川崎市当局は、右小島の処分の基礎とする事実を認定するについて、前記(ニ)の警察に対する情報収集活動のほかは、格別の事情調査を行わなかつた。
翌三〇日、被告伊藤は右方針のとおり、関係職員の回議を経て、本件分限免職処分を発令した。なお、処分理由説明書によれば、処分の理由として、小島は「川崎港の荷捌き場の使用をめぐり収賄容疑で逮捕されるという不祥事件をひき起したが、これはその職に必要な適格性を欠いたものであつた。」との記載があるが、右処分は、前示のとおり、小島が実際に逮捕の容疑事実を犯したものとの認定に基づいているのであつて、同人が「収賄容疑で逮捕され」たことの一事をもつてなされたものではない。
(五) 翌一二月八日付の読売新聞には、小島につき、更に、同人が同年一月一五日、日新運輸倉庫株式会社川崎支店長下条秀雄と港栄作業株式会社川崎出張所長大曲元春とから、川崎港の資材置場(通称野積地)について使用の便宜を図つたことの謝礼として、スイス製腕時計一個(八万九〇〇〇円相当)を収賄した事実が判明し、右贈賄者らが逮捕され、また更に、小島が、三聖興業の洪から、前示逮捕事実の収賄のほか、昭和四八年八月から同四九年一〇月まで毎月二〇万円宛、合計三〇〇万円の現金を謝礼として収賄していた事実が判明した旨の報道がなされた。また、同日付の東京新聞には、右読売新聞のそれと同旨の報道の他、被告伊藤が同月七日の記者会見で、「小島に対する判決が確定後、同人に対する右処分を検討し直すことも考えている」旨述べた旨の報道がなされた。
(六) 一二月一七日、小島は、「同人は、土木工事請負、同工事資材販売等を営業目的とする三聖興業の洪から、三聖興業が埋立用土砂を船積みするため、川崎市の管理する繋留施設の使用許可について職務上便宜な取扱いを受けたい趣旨のもとに供与されるものであることを知りながら、昭和四八年六月二九日ころ、川崎港港務所所長室において、フランス製ライター「カルチエ」一個(時価四五、〇〇〇円相当)の供与を受け、
同年七月六日ころ、同所において、横浜高島屋発行にかかるお好みギフト券四〇枚(金額合計二〇〇、〇〇〇円)の供与を受け、もつて自己の職務に関し賄賂を収受した」との事実によつて第一回目の起訴を受けた。
(七) 同月二一日、小島側の請求に基づき、本件退職手当の第一回支給分として六六九万五〇〇〇円(但し、所得税一万四七〇〇円および住民税五二八〇円を予め控除されたので、小島の現実の受領額は六六七万五〇二〇円である。)が同人に対し支給された(但し、退職手当が同人に対し支給されたことは当事者間に争いがない。)。
(八) 一二月二八日、小島は、「同人は、昭和四九年一月一五日ころ、自宅において、港湾運送業等を営業目的とする日新運輸倉庫株式会社川崎支店長の下条秀夫および同業等を営業目的とする港栄作業株式会社川崎営業所長の大曲元春の両名から、右野積地、荷捌き場等の使用について職務上便宜な取扱いを受けたことに対する謝礼、ならびに将来も同様職務上種々便宜な取扱いを受けたい趣旨のもとに供与されるものであることを知りながら、スイス製腕時計オメガコンステレーシヨン一個(時価八九、〇〇〇円相当)の供与を受け、もつて自己の職務に関し賄賂を収受した」との事実によつて第二回目の起訴を受けた。
更に、昭和五〇年一月三〇日、小島は、「同人は、三聖興業の洪から、三聖興業が川崎市の管理する繋留施設、荷捌き場の使用許可について職務上便宜な取扱いを受けたことに対する謝礼、ならびに将来も同様種々職務上便宜な取扱いを受けたい趣旨のもとに供与されるものであることを知りながら、昭和四八年八月二〇日ころから同四九年一〇月三〇日ころまでの間、前後一五回にわたり、川崎港港務所所長室ほか八ケ所において、現金合計三〇〇万円の供与を受け、もつて自己の職務に関し賄賂を収受した」との事実により第三回目の起訴を受けた。
翌三一日、小島につき、保釈許可決定がなされた。
(九) 同年二月二七日、小島に対し、給与の改定に伴う退職手当の差額の一一〇万五〇〇〇円(但し、所得税五万八三〇〇円および住民税二万五三二〇円を予め控除されたので、同人の現実の受領額は一〇二万一三八〇円である。)が支給された(但し、右退職手当が支給されたことは当事者間に争いがない。)。
(一〇) 同年七月一五日、小島は、横浜地方裁判所川崎支部において、右各公訴事実につき、いずれも有罪と認定され、懲役二年、執行猶予四年、前出腕時計の没収、追徴金三二〇万円の判決の言渡しを受け、右判決はその頃確定した(但し右事実の大略は当事者間に争いがない。)
四原告は、「本件分限免職処分は、無効であり、仮に無効でないとしても違法である」旨主張するので、この点につき判断する。
1(一) 本件分限免職処分は、前示のように、小島が地公法二八条一項三号所定の「その職に必要な適格性を欠く」もの、としてなされたものである。
(二) ところで、地公法二八条所定の分限制度は、公務の能率の維持ならびにその適正な運営の確保を目的とするものであつて、これを同条一項についてみると、主として職員の職務遂行の能力ないし資質の観点から処分の要件を規定し、その効果として、降任および免職の二種を規定している。他方、同法二九条所定の懲戒制度は、職員の非違行為に対し、職場の規律を正し、その秩序の回復、維持を図ることを目的とするものであつて、同条一項において、右非違行為を類型化して、処分の要件を規定し、その効果として、戒告、減給、停職ならびに免職の四種を規定している。右のように、分限と懲戒とは、各々その制度の趣旨目的を異にし、それゆえまた、右両条の規定する処分の要件ならびに効果も各々異つているのである。
従つて、一般に、一定の事実について、これを分限処分に付するか、或いは懲戒処分に付するかの判断が、任命権者の自由な裁量に委ねられているということはできないものと解するのが相当である。
もつとも、懲戒制度といえども、右のように、直接には、職場の綱紀を粛清し、秩序の維持等を図るものであるが、これを通して終局的には、公務の適正かつ能率的な運営に資するものであるから(地公法一条参照)、具体的な同法二八条所定の分限事由と同法二九条所定の懲戒事由とが相互に有機的な関連性を有していることは否定できず、従つて、一定の事実が、同時に分限事由としての性質と、懲戒事由としての性質とを併有する場合も少くない(このようなことは、右一定の事実が非違行為である場合に多くその例をみよう。)ということができる。このような両法条に競合して該当する場合においては、その事実について、公務の能率の維持ならびにその適正な運営の確保の必要という観点から、当該職員を分限処分に付するか、或いは右事実の非違性の要素に着目し、職場の綱紀を粛清し、秩序の回復、維持を図る必要という観点から、これを懲戒処分に付するかの判断は、一定の範囲において、任命権者の合理的な裁量に委ねられていると解するのが相当である。しかし、任命権者の右判断が、地公法所定の分限および懲戒の各制度の趣旨・目的、処分の要件および効果についての同法二八条、二九条の規定内容ならびに社会通念に照らし、合理性を有するものとして許容される限度を超えた不当なものであるときは、裁量権の行使を誤つたものとして違法たるを免れないというべきである(任命権者の裁量権につき最高裁判所第二小法廷昭和四八年九月一四日判決、民集二七巻八号九二五頁参照)。
(三) そこで、これを本件についてみると、前示のとおり、小島は、川崎市の港務所所長、港湾局次長、同局管理部長の要職にありながら、その川崎港の港湾施設の管理運用ならびに同施設の使用許可事務等を掌理する地位を利用し、昭和四八年六月頃から逮捕された昭和四九年一一月までの間に、複数の業者から職務上便宜な取扱をしたことの謝礼等として、フランス製ガスライター、スイス製高級腕時計、デパートのギフト券(二〇万円相当)を収賄し、また、継続的に毎月二〇万円宛合計三〇〇万円もの金員を収賄していたのであるところ、小島の右収賄の所為は、公務の不可買収性を侵し、職務行為の公正さに対する社会一般の信頼を著しく毀損せしめ、ひいては、公務員制度の根幹をおびやかすものであつて、公務員として最も慎しむべき破廉恥な所為であるといわざるを得ないものである。
(四) このように、小島の右収賄の事実は、公務員の典型的なともいうべき非違行為であつて、その本質的な要素は、地公法二九条一項各号所定の懲戒事由としてのそれにあることは明らかなところである。
なるほど、右収賄事犯を、公務の適正な運営の確保という観点から考察すれば、これを同法二八条一項三号所定の「その職に必要な適格性を欠く」ものと評し得るものであることは被告ら主張のとおりであるといえなくもない。しかし、本件の如き典型的な非違行為であつて、その本質的な要素が懲戒事由としてのそれにあるというべき事案について、それが分限事由としての側面をも具有するからといつて、これを分限免職処分に付して事足りるとするならば(なお、分限処分中、同法二八条二項二号所定のいわゆる起訴休職処分に付し得ることについては別論であることは、右規定の性質上当然である。)、著しく社会通念に反するところであり、前示のように地公法が、各々その目的、要件ならびに効果を異にする分限および懲戒の両制度を設けた趣旨が全く没却されてしまう結果となることは明らかであるといわなければならない。
そして、右のことは、仮に、被告伊藤が本件分限免職処分の基礎とした前示逮捕事実に限つて論じても、全く同様である。
しかして、右事案の非違性の程度に鑑みれば、小島を懲戒処分中の免職処分に付するのが相当であつたというべきである。
(五) これを要するに、本件分限免職処分は、小島の収賄という公務員の典型的な非違行為で、本質的に懲戒事由に該当するというべき事案について、同人を分限免職処分に付したものであり、被告伊藤の右判断は、地公法所定の分限および懲戒の各制度の趣旨・目的、処分の要件および効果についての同法二八条、二九条の規定内容ならびに社会通念に照らし、合理性を有するものとして許容される限度を超えた不当なものであつて、その裁量権の行使を誤つたものとして違法たるを免れない。
2(一) 次に、本件分限免職処分は、前示のように、小島の逮捕後僅か三、四日しか経過していない段階において、従つてまた、前示逮捕事実のみを基礎としてなされたものである。
(二) ところで、前示分限処分或いは懲戒処分制度の趣旨・目的からみて、或る事案について、如何なる時期・段階において、(従つてまた、如何なる事実を基礎として)当該職員を処分すべきかの判断は、当該事案の性質に応じて、一定の範囲において、任命権者の合理的な裁量に委ねられていると解するのが相当であるが、任命権者の右の点についての判断が、合理性を有するものとして許容される限度を超えた不当なものであるときは、その裁量権の行使を誤つたものとして違法たるを免れないというべきである。
(三) そこで、これを本件についてみると、
(1) 前示のように、小島が逮捕されたのは昭和四九年一一月二六日の深夜のことであり、川崎市当局が、右事実を知つたのは、翌二七日朝のことであるが、同月二九日の午後には既に内部的には本件分限免職処分の方針が決定され、翌三〇日被告伊藤はこれを発令したのである。そして、右処分決定の前提として、被告伊藤は、早くも右の時点で、小島について逮捕事実以外に余罪はないものと判断しているのである。
しかし、右の時点においては、小島の収賄容疑についての捜査は、強制捜査の緒についたばかりであつて(右逮捕に引続いて、裁判所の勾留決定されたのは二八日のことである。)、一般に、右のような段階においては、それ以降捜査が如何に進展するかは、捜査当局といえども予測は困難な情況にあるものであり、まして、捜査機関でもない市当局がこれを予測し、妥当な事実認定をなし得るものではないということができる。
(2) 従つて、本件のように、処分の対象とすべき事実が、刑事罰の対象として、その捜査が進行中であるような事案においては、任命権者としては、特段の事由がない限り、右捜査の進展を見極め、それが一応の終結をみた段階において、任命権者としての職務の遂行上要求されるべき相当の調査を経て収集し得た資料を基に処分の対象とするべき事実を認定し、その事実認定に基づいて、処分をなすことが合理的である。
(3) しかるに、本件においては、前示のとおり、被告伊藤は、逮捕の翌日である一一月二七日に、市職員を警察に赴かせて調査に当らせたのみであつて(しかも、右調査によつても、結局記者会見の席上で発表された右逮捕事実以上の事実は収集し得なかつたことは前示のとおりであり、また捜査の見通しについての警察の言及も得られなかつたことも前示のとおりである。)、本件分限免職処分決定まで他に何ら格別の調査をしたわけでもなかつた。
却つて、前示のように、一一月二八日付の新聞紙上に、捜査当局は、小島は逮捕事実の他にも同様の不正を働いていた疑いがあるとみて、更に余罪の有無を追及する方針である旨の報道がなされているところであり、これが事件の進展につき深い関心を寄せていた市当局の目に入らないはずはなく、また、前示のように、同日付の新聞紙上には右事件の背景につき、川崎港の取扱い貨物量が増大し、荷捌き場が手狭になり、滞貨が増え、その使用許可をめぐり港務所と一部業者との癒着が取沙汰されていた旨報道されており、前出甲第二号証(同日付の読売新聞の報道)によれば、市としても、右のような荷捌き場等の過密ぶりを改善し、秩序化を図ろうとして、新しい方式を検討中のところであつたというのであるから、被告伊藤としても、市長として、右事件の背景として、荷捌き場をめぐる右のような問題が存在していたことを知悉していたものと推認される。
(四)(1) 右のような事実関係に徴すれば、被告伊藤が、本件分限免職処分の時点において、小島につき、同人が日頃はまじめな勤務ぶりであつたとの一事をもつて、逮捕事実以外に余罪はないものとした判断には、何ら合理的な基礎はないといわなければならない。
(2) また、前示三認定の全事実関係に徴しても、被告伊藤が、右のように小島の逮捕後僅か四日後の、同人に対する捜査がまだその緒にあるというべき早い時点において、敢えて同人を本件分限免職処分に付したことの合理性を基礎づけるに足りる理由も何ら見当らないのである。
被告伊藤が、その市長としての職責上、小島の収賄事犯について職場の綱紀の粛正あるいは、公務の適正な運営の確保の観点から、可及的速かに何らかの処分をなすべき必要を感じたとしても、この種事案については、一般に、任命権者としては右の必要を感ずるものといい得るのであり、かつ右のような事案について如何なる段階において処分を決するのが合理的であるかは前示のとおりであつて、右の点は、何ら本件分限免職処分の時期の合理性を基礎づけ得るものではないのである。
また、たまたま、当時は市議会の会期中であり、市議会においても、小島の右事件が取り上げられ、被告伊藤の市長としての監督責任等が問題とされたことは前示のとおりであつて、同被告としては、市議会対策上からも、可及的速かに関係者の処分を決定し、議会に対し陳謝の意を表すべき必要を感じたであろうことは推認に難くない。そして、右のようないわば政治的判断も、社会通念上相当と認められる範囲に留まる限り、本来考慮すべきでない事項を考慮して処分の時期が決定せられたものとして、あえて問題とするには足りないといえよう。しかし、本件において、被告伊藤は、右の必要を感じたが故に、前示のような時点で本件分限免職処分をなしたものであるとしても、これのみでは到底右のような極端に早過ぎる段階における処分決定の合理性を肯認せしめるには足りず、かえつて、右のような段階で本件分限免職処分がなされたのは、社会通念上相当と認められる限度を越えて、本来考慮すべきでない事項を考慮したことの結果でなかつたかとの疑いも残るところである。
(五) 本件においては、結局、小島は、昭和四九年一二月一七日の第一回から翌五〇年一月三〇日の第三回まで、都合三回にわたり、各収賄事実について起訴され、いずれも有罪の判決を受けたわけであるが、前示のように右第一回の起訴より約一〇日前、逮捕から僅か一二日ほど後に過ぎない一二月八日には、既に第二回および第三回目の起訴にかかる事実が判明したことが新聞報道されたところであり、また、前示(三)(3)掲記のように、捜査側の余罪追及の方針が処分前にも報道されたところでもあるのであるから、被告伊藤が、いま少し捜査の進展を見守つていさえすれば、容易に本来処分の対象とすべき事実を認定し得たはずである。
(六) これを要するに、本件分限免職処分は、如何なる時期・段階において小島を処分すべきかの判断について被告伊藤の裁量に委ねられている範囲を超え、何ら合理的な根拠に基づくことなく、事案の性質に鑑み著しく尚早というべき時期・段階においてなされたものであつて、ひいては、本来処分の基礎として考慮すべき事実を考慮することなく右処分をなす結果を生ぜしめたものであつて、その裁量権の行使を誤つたものとして、本件分限免職処分はこの点においても違法たるを免れないといわなければならない。
3 右のように、本件分限免職処分が違法であることは、既に明らかであるので、その余の原告主張の瑕疵事由については触れるまでもない。
なお、原告は、本件分限免職処分は無効である旨も主張するが、前示の事実関係ならびに事案の性質に鑑みれば、無効事由に該当する程の瑕疵はないというべきである。
五1 右のように、本件分限免職処分が違法である以上、本件退職手当の支給もまた違法たるを免れないことは、前示二2(二)(1)に考察したとおりである。
2 そこで、次に右違法な本件退職手当支給についての、被告伊藤の責任の存否につき考察する。
被告伊藤は、川崎市長として本件退職手当の支出命令権限を有する(地自法一四八条、一四九条、二三二条の四)。しかし、被告らは、「被告伊藤は、本件退職手当の支給については関与していないから、地自法二四二条の二第一項四号所定の『当該職員』に該当しないので、被告適格を欠く」旨主張するので、この点につき検討する。
(一) なるほど、<証拠>によれば、川崎市においては、退職手当を支給する場合は、まず回議により当該退職手当の額を裁定した後、支出命令に基づき支給するものであるところ、同市事務決裁規程第三条および第六条により、加算して支給される場合を除き、職員の退職手当の裁定に関することは、同市職員局長に委任されており(なお、小島の退職手当が、右「加算して支給される場合」でなかつたことは、同証言により認められる。)、また、同市金銭会計規則第三条一項(4)により、退職手当の支出命令の権限は、職員局の予算主管課長に委任されていることが認められる。
しかし、右のように 市長が職員の退職手当の裁定(決裁)権限や支出命令権限等を、内部的に他の職員に委任していたとしても、当然に、市長が退職手当の支給についての責任を免れるものではなく、具体的な事案について、その退職手当の支給につき、名実ともに何ら関与していないと認められる場合においてはじめて、その責を免れることができるものと解するのが相当である。
(二) これを本件についてみると、<証拠>によれば、被告伊藤は、昭和四九年一二月一六日、本件の第一回目の支給(六六九万五〇〇〇円分)にかかる退職手当裁定回議につき、決裁しているのであり(これは、当時小島に対する退職手当の支給の当否が新聞報道等でも問題とされていた(前出甲第三号証によりこれを認める。)ところでもあつたので、前出市事務決裁規程三条二項(「前項の規定(前記市長の権限の他の職員への委任規定)にかかわらず、重要もしくは異例と認める事項または疑義のある事項については、上司の決裁を受けなければならない。」)に拠つて、被告伊藤が決裁したものと推認される。)、右裁定に基づき、職員局予算主管課長が支出命令を発し、これにより右退職手当が支給されたものであることが認められる。なお、前出甲第一五号証の二によれば、第二回目の支給(一一〇万五〇〇〇円分)にかかる退職手当の裁定回議については、市職員局長が決裁しており、被告伊藤はこれに関与していないが、右支給は、差額分の支給にかかるものであるから、基本となる第一回目の支給分について被告伊藤の決裁を得ている以上、第二回目については、あえて同被告の決裁を必要としないものとされたものと推認される。
(三) 右の認定事実に徴すれば、本件退職手当の支給につき被告伊藤が現実に関与したものであることは明らかである。
また、本件の場合においては、被告伊藤の違法な本件分限免職処分によつて、川崎市は当然に、小島に対し本件退職手当を支給すべき義務を負担するに至つたのである(その後には、その履行行為としての内部的な裁定回議、支出命令ならびに支出行為が残されているのみである)から、仮に被告伊藤が、本件退職手当の支給そのものについては形式的に直接関与していなかつたとしても、右支給につき同被告がその責を免れ得べきものでないというべきである。
よつて、この点についての被告らの主張は失当であり、被告伊藤は、川崎市に対し、違法な本件退職手当の支給により同市に与えた損害を賠償すべき責を負うものである。
3 ところで、前示三(七)および(九)認定のように、本件退職手当は、第一回支給分、第二回支給分とも、支出命令書記載の退職手当額から所得税および住民税相当額があらかじめ控除され、その残額が小島に交付されている。本件の場合、右住民税は神奈川県の県民税と川崎市の市民税とからなることは明らかであるが、右のうち、市民税として現実に川崎市の金庫に収入された額については、同市に損害はなかつたことになる。換言すれば、右住民税額中、神奈川県の県民税相当額のみが川崎市の蒙つた損害であるところ、右損害額を識別するに足りる証拠はない。そうとすれば、結局右各住民税額の全部について損害の証明がないことに帰するといわなければならない。
従つて、本件退職手当の支給(すなわち公金の支出)によつて川崎市の蒙つた損害は、第一回支給分については、六六八万九七二〇円(すなわち、総額六六九万五〇〇〇円から住民税五二八〇円を除外した残額)、第二回支給分については一〇七万九六八〇円(すなわち総額一一〇万五〇〇〇円から住民税二万五三二〇円を除外した残額)となる。
六原告は、被告伊藤に対し、第一次的には原告に対して右損害金を支払えと訴求し、その根拠として、民法四二三条所定の債権者代位権の法理の準用を主張する。
しかしながら、同条の規定は、債権者が自己の債権を保全するために、その債権者に属する権利を行使することを認めたものであるところ、原告が川崎市に対し私法上の債権を有するとは何ら認められないから、右主張はその基礎を欠く、のみならず、そもそも住民訴訟につき規定する地自法二四二条の二は、住民に対し、当該職員が右損害の賠償を直接原告たる住民に支払うべきことを求める訴権を付与していないから、原告の被告伊藤に対する第一次的請求は、その原告適格を欠くものであつて不適法であり、この点に関する被告らの本案前の主張は理由がある。
七弁護士の報酬については、弁論の全趣旨によれば、原告が原告代理人との間に、手数料および謝金として一二七万円を支払うべきことを約したことが認められるが、本件の審理期間、開廷回数、証拠調回数、事案の難易等、諸般の事情を考慮すれば、右金額のうち、原告が被告川崎市に対し支払を請求し得る額は、金七八万円をもつて相当と認める。
八以上の次第で、原告の本訴請求中、被告伊藤に対する第一次的請求は不適法であるからこれを却下し、同被告に対する第二次的請求は、金七七六万九四〇〇円と、内金六六八万九七二〇円に対する損害発生の日である昭和四九年一二月二一日から、残金一〇七万九六八〇円に対する損害発生の日である昭和五〇年二月二七日から、各支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払とを求める限度において理由があるからこれを認容し、被告川崎市に対する請求は、金七八万円とこれに対する損害補填義務発生の日の後(判決言渡の日の翌日)である昭和五二年一二月二〇日から支払済みに至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払とを求める限度において理由があるからこれを認容し、被告らに対するその余の請求は失当であるからいずれもこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条一項を適用し、仮執行の宣言は相当でないのでこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。
(加藤廣國 龍前三郎 川勝隆之)